2019年にTBS日曜劇場『グランメゾン東京』で木村拓哉が主演すると聞いた当初、筆者は実はあまり惹かれなかった。同枠で木村が主演を務めた『Beautiful Life ~ふたりでいた日々~』(2000年)、『GOOD LUCK!!』(2003年)といった名作からは10年以上の時が経っており、あの輝きをもう一度観ることはできないだろうと予想していたのだ。
しかし、結果はすでにご存知の通り、『グランメゾン東京』は高視聴率をあげ、ドラマ通からの評価も高い作品になった。そして、その後もスペシャル、映画版へとシリーズ化されることになり、いずれも大ヒットとなる。俳優としての木村の存在感を改めて確認することになった。
『グランメゾン』シリーズが成功した大きな理由の一つは、「挫折した大人の再起」をテーマにしたことだろう。40代、50代くらいまでに、ある程度仕事を積み上げてきた人は多い。しかし、頭打ち感があることも否めないし、いつまでも自分のやり方に固執するあまり、後輩がついてこなかったという経験がある人も少なくないだろう。
木村が演じた尾花夏樹とは、まさにそんな人物だった。パリでミシュラン二つ星まで獲得した天才的な料理人でありながら、傲慢さと未熟さゆえに事件を起こし、その世界から転落してしまう。ただ、本来悪い男ではない。いいものを作ることに夢中で周りが見えていないだけで、仲間のことを思っていないわけではないのだ。仕事ができる人にありがちな人物造形がリアルで、サラリーマンにとっても大いに共感できる人物だった。
そして、一流レストランの舞台裏を見せてくれたことが何より魅力的だ。ミシュラン店など、東京に住んでいてもなかなか行くことは叶わない。その料理を見るだけでも価値のあるドラマだった。知っているようで知らない仕事を見せてくれるのは、日曜劇場の真骨頂だが、一流の料理人というのもまた謎に包まれた存在だ。料理監修は、テレビドラマシリーズを東京初のミシュラン三つ星レストラン「カンテサンス」の岸田周三シェフが、映画『グランメゾン・パリ』をパリでアジア人初の三つ星となった「レストランケイ」の小林圭シェフが担当したとあって、その技と見事な料理の数々を見るだけでも眼福である。監督・塚原あゆ子の映像美へのこだわりもあって、芸術的な料理の世界を堪能できる。
『グランメゾン・パリ』では、日本人がパリでミシュランの星を獲得することがどれほど難しいことなのかも教えてくれる。東洋人にはまず、最高級の食材を買うことが許されない。フランスの伝統とプライドという壁の大きさは想像以上なのだと気づかされる。その牙城をどうやって崩していくのかが見どころの一つだ。三つ星レストランを作るためには、単に料理人の腕があればいいのではなく、仕入れ、下拵え、接客、広報、経営管理と、さまざまな人たちの協力を得て、総力を結集しなければならないことが表現されていて、どんな仕事の人にとっても胸が熱くなる展開だといえるだろう。
そして、特筆するべきなのは女性キャラクターの描き方だ。鈴木京香演じる早見倫子は、尾花と男女という性別を超えた関係を築いているように見える。倫子もまた、中年になってもミシュランの星をとることを諦めていないシェフだ。複雑なフランス料理でも、その素材の組み合わせや調理法をぴたりと当てることができる、いわば神の舌をもっている。それゆえに、自分自身が平凡なシェフであること、そして尾花が卓越したセンスの持ち主であることに気づいてしまう。そして、ほとんど全てを投げ打ってタッグを組むことになるのだ。その関係性は、恋愛に回収されることはないし、お互いに依存もしない。料理人としてライバルであり、夢に向かうバディでもあり、その関係性は緊張感を保ち続ける。大人になってから異性とそんなふうに対等な信頼関係を持てることも、一つの理想像であろう。
『グランメゾン』シリーズのスペシャルと映画『グランメゾン・パリ』は、2024年の年末に続けて放送・公開された。続編の制作はもっと早くても良さそうだったが、この間にコロナ禍があった。木村がインタビューで「あの時間をなかったことにしてはいけないんじゃないかと思ったんです。もちろんドラマはフィクションですけど、実際の飲食業界では、あの難局を踏ん張れた方もいれば、お店を閉じるしかなかった方たちもたくさんいました。そこをすっ飛ばして描くのはどうもイヤだなと」(※)と語っているように、苦境に立たされた飲食業界への目線を忘れてはいないことも、物語に厚みを持たせたようだ。
木村は、本作の後、『教場』(フジテレビ系)シリーズでもヒットを飛ばし、2月には劇場版の公開が控えている。現在公開中の山田洋次監督作『TOKYOタクシー』も好評を博しているという。同世代としては、年齢を重ねて脱皮するように新たな魅力を開拓し続ける木村の姿には勇気と希望を感じる。『グランメゾン』シリーズにもまだ先があるかもしれないなどと、勝手に期待してしまいそうだ。
参照
※ https://realsound.jp/movie/2024/12/post-1887386.html
(文=尾崎真佐子)
木村拓哉の“宝物”が増えた『グランメゾン東京』 “本物”であり続ける覚悟を明かす
2026-01-11T03:56:54Z